2007年10月12日

07.10.12のミュージック・モルダー:坂井泉水がわかってきた!?

少しは治まりましたが、
左足の太股は痛いままです。

わかった事があります。
足の痛い人が、ぴょこんぴょこん歩く訳です。

例えば階段を降りる時、
ELMの場合、ステップに左足を
預ける時、激痛が走ります。

その激痛から逃れるため、
左足をすぐに上げます。

でも、それではバランスが悪くなるので、
安定を図るため右足が次のステップに飛びます。

それが、ぴょこんぴょこんの理由です。
不可避の動作です。勉強になりました。


で、坂井泉水ですが、帰り道で
「Today is another day」を聴いていて、
落涙しました。

こんな感想は間違っているかも知れませんが、
平成の演歌、援歌です。

ささやきだからこそ、
とどくこころがあり、
さまざまなこころが
あるからこそ、
できるだけおおくの
ひとにとどくたましいを、
こごえでうたっているような
きがしました。


花鳥園の話は、
いつのなるのでしょうか?
posted by ELM at 21:09 | ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | site8:ミュージック・モルダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月02日

07.10.02のMM:ZARD≒坂井泉水

もう1ヵ月以上もiPODで坂井泉水を聴いている。
朝晩、通勤の時間に計、約3時間。

最初は歌詞が入って来なかった。
今もよく聞き取れない。

不思議だ。

あんまり、言葉が心を撃たないので、
感覚が鈍ったのかとアンジェラ・アキや中島美嘉を
聴いてみる。

特にアンジェラ・アキのブレスとファルセットには、
鳥肌が、立つ。

何でも先物買いだった時期はとうに過ぎ、
今は評価が定着した時から興味を持つ。

つまり、蓋棺してから聴きはじめる。
尾崎 豊の時のように。


ようやく、合っているかどうかはわからないが、
この人の詩心(うたごころ)は
「失われた10年」がバックにあるのでは、
と想像する。

同時期、ELMは仕事内容が変わって、
音「楽」を楽しむ気分ではなかった。

坂井泉水の唄は、少しもELMに響かない。
でも気になる。

とても人工的で、それはこちらが歳を取ったせいかも
知れないが、こちらの琴線に触れない。

しかし、明日も聴くだろう。
それがわからない。

判断は留保する。

坂井泉水の言葉がじわじわとしみ入ってくる、
その予感を信じて。

音楽葬に4万人前後が集まった、と言う。
ファンには怒られるかも知れないが、
善きにつけ悪しきにつけ、
予兆には敏感でいるべきだ。

その思いが、坂井泉水に囚われる理由。


posted by ELM at 21:07 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | site8:ミュージック・モルダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月22日

07.06.22のミュージック・モルダー:カラオケでまわりを巻き込むために

今日のタイトルと中身は、
関係ないと思います。
今日のタイトルは、いわば、
キャッチみたいなものです。

修学旅行のバスの中で、
満足に歌も唄えないくらいシャイ、
だったのに、いつからかカラオケで
唄えるようになりました。

(おかしいな、今日は大東亜戦争の
 発端のひとつ・・・オレンジ・プランを
 書くつもりだったのに)

サザンの歌を唄えなくなったら、
ELMの青春は終わりだと思ったのは
いつでしょうか?

「ミス・ブランニュー・デイ」
唄えるように、なりました。

尾崎の歌を唄えなくなったら、
ELMの青春は終わりだと思ったのは
いつでしょうか?

「15の夜」
「アイラブユー」
唄えるようになりました。
「卒業」も。

グレイの歌を唄えなくなったら、
ELMの青春は終わりだと思ったのは
いつでしょうか?

「HOWEVER」
何とか、唄えるようになりました。

元ちとせの歌を唄えたら、
ELMの青春が終わっても良いと思ったのは
いつでしょうか?

今日です。

「ハイヌミカゼ」
このファルセットは、
まだ出せません。


で、回答です。

いろんな思いはありますが、
ELMは自分が気持ちよくなるために
カラオケをしません。

相手が気持ちよくなるために、
カラオケ、します、練習します。

だから、いつも
相手の魂に届くように、
唄い方の工夫をします。

ところが、bambiはカラオケが嫌いです。
だからELMは一度もbambiの前で唄ったことが、
ありません。

オチは、これです。

わかるかな〜、わかんねぇ、だろうな〜。

実は、ELMも・・・。
posted by ELM at 21:04 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(1) | site8:ミュージック・モルダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月03日

07.06.03のミュージック・モルダー:尾崎豊「約束の日2」

本棚を整理していたら、
正確には本の山をくずしていたら、
尾崎豊のCDが出てきた。

「THE DAY Vol.2」

発売年を見ると、実に14年ぶり。
ながい、ながい、ためいきが出る。

これ1枚しかないから、
それほど熱心なファンでは
なかったのか?

しかも死後の購入。

長持ちしそうもないタレントがわかるように、
長生きしそうもないタレントがわかる。

思い出した。

7メートルの照明台から飛び降りて骨折した時、
この男を見続けていては、いけない。

そう思った。

そうだ。

14年前といえば、
今の部署に、
異動になった年だ。

収録曲に「卒業」は、ない。

つまり、あと14年はやれ、
という暗合か?










posted by ELM at 09:22 | ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | site8:ミュージック・モルダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

07.04.24のミュージック・モルダー:バッハ

bach.jpg

ELMのクラシック逍遙、
つまり散歩ですね。

バッハ、です。

どうせならクラシックの歴史を
たどろうと思い、バッハです。

知識は、まだあまりありませんから、
印象批評? 感想文です。

豪華絢爛・華麗優美・絶景絶句・天地無用

確かに、バロックを集大成しただけ、
という評価もあるようですが、
そんな事を言う人は、それがいかに大切大事な
「いとなみ」か、わからない人の言う事です。

評論家の言う事です。


貴族ならぬ卑族、非族(非属)かも、のELMが
宮廷に在るような錯覚に包まれました。

クラシックの豪奢、がわかりました。

次は、ヘンデル、です。
posted by ELM at 20:37 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | site8:ミュージック・モルダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月28日

07.03.28のミュージック・モルダー:フォーレのシシリエンヌ

faure.jpg

嶽本野ばらに導かれ、
ようやくフォーレの「シシリエンヌ」を手にする。

クラシックには縁がないと思っていたが、
何かの映画で聴いたことがある。
教養は蓄積される、のだ。

それはともかく、
哀しく美しく、健気な曲調に、
3月18日を想う。

誕生日だった。
湘南マラソンの日だった。
球場近くの歩道橋に上る。

三浦半島が指呼の距離に見え、
大島が烏帽子岩が、富士山さえ
かつてないほど手の届く位置にあり、
伊豆半島が、丹沢山系さえも鮮烈だった。

夜のニュースで、こんな事は
滅多にないと言っていた。

ELMもそう思う。

書く事は一杯あるのに書かなかったのが
「シシリアンヌ」が刺激をくれた。

来年は第2回湘南マラソンに出たいと思う。

その前に、1階分階段を上がっても
息切れする躯を何とかしなければ。






posted by ELM at 21:23 | ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | site8:ミュージック・モルダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月31日

06.8/31のミュージック・モルダー:西洋音楽の歴史



何をとち狂ったか、
クラシック音楽にはまった末に
「西洋音楽の歴史」など読みはじめる。

これがわからない。
素養のない事は致し方ない事で、
注までもがわからない。

注を読むとよけいわからない。
おまけに譜面までもが載っている。

譜面が読めない事を、
改めて思い出した。

その理由は、書きたくない。

それはともかく十二音技法がわかるまで、
しぶとく読み継いでいく。

これってもしかして
「IWGP」の影響か?

2006年08月04日

06.8/4のミュージック・モルダー:プリズナー

ya-george.jpg

昨日は、柳ジョージの「プリズナー」が
一日中頭の中で爆発していた。

そのせいかどうか、ブログの書き込みが
上手くいかなくて、珍しく落とした。

この曲は、カラオケに入っていない。
人はみなプリズナー(囚人)と唄う事の
どこがいけないというのか?


「人斬り五郎」の唄?も、入っていない。

明日と呼べる日がいつか来る、と唄う事の
どこがいけないというのか?

今も、黒匕首を握りしめいている事に、
気づく、朝。

2006年07月30日

06.7/30のミュージック・モルダー:オヤジのためのクラシック音楽入門



読みながら帰宅の電車内で坐っていたら、
頭の中に次から次へと楽曲が駈けめげる。

哀しい事に読んでいる楽曲と音楽家に、
関係ある曲かどうかが同定できない。
ただ旋律とメロディがリフレインする。

かろうじて「ボレロ」だけは一致する。

あまりにもイマジネーションが強烈だったので、
朝、借りられるだけのモーツァルトを借りに行く。

「魔笛」
「トルコ行進曲」
「ジュピター」
「レクイエム」等々、
今更名前を知る曲もあるが、結構記憶にある。

聴いている内に、気がつけば、もう夕方。
(他にも用事はしていたが)

猛烈に、コンサートに行きたくなりました。
ライブこそが、本当の血肉を湧かせ、
精神を高揚し、霊感を降臨させる。



2006年07月08日

06.7/8のミュージック・モルダー:モーツァルトに包まれながら

mozart.jpg

実は、あんまり音楽は得意では、ありません。

昔から、情緒不安定になるので、苦手でした。
特にジャズやブルースは。

「奇妙な果実」は、二度聞いて、
三度目は、ないと思いました。
もう一度聴いたら、死を選ぶと思ったから、です。


共に論じるのは、おかしいのでしょうが。

bambiが言います。
「また、新しい扉を開いたね」

よく聴けば、今までに、
何かの折に聴いた曲もあるのですが、
芳醇で豊潤、という言葉の意味がわかります。

したり顔でクラシックを聴く人を、
今まではバカにしていましたが、
これは凄い世界、です。


これだけの曲を書いて、
無縁墓地に葬られるなんて・・・。

2006年07月06日

06.7/6のミュージック・モルダー:テイク・ファイブ

道を歩いている時に、
突然口元から出たり、
脳味噌の中に復活する
曲や唄がある。

昨日は「テイク・ファイブ」だった。

この変拍子の曲には奇妙な快活と、
不思議な懐かしさが、ある。

時々、哀しくなるような変調がある。

はじめて気がつきました。
これは、ELMの歩き方、なのです。
人生の歩き方なのです。

「コンスタンティン」の中でも、
流れていたような記憶が、甦ります。

なぜ、あの映画にこだわったか、
わかるような気がしてきました。

5拍子でしか生きられない、のです。

いまさらですが、なるほど、と納得しました。

2005年12月31日

12/31のミュージック・モルダー:kyoさんへ・・・花

川は流れて どこどこ行(ゆ)くの
人も流れて どこどこ行くの
そんな流れが つくころには
花として 花として 咲かせてあげたい

泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ


涙流れて どこどこ行くの
愛も流れて どこどこ行くの
そんな流れを 此(こ)の胸に
花として 花として 迎(むか)えてあげたい

泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ


花は花として 笑いもできる
人は人として 涙も流す
それが自然の 唄なのさ
心の中に 心の中に 花を咲かそうよ

泣きなさい 笑いなさい
いついつまでも いついつまでも 花を咲かそうよ


花の好きなkyoさんへ。

「楽しい言葉」と言ってくれて、ありがとう。
このブログをはじめて良かったと思いました。


良いお年を。

みなさん、も。。。(*^_^*)   

2005年12月27日

12/27のミュージック・モルダー:音度差

glay.bmp

友人が、ゆずとコブクロのCDを買いに行って、
違うグループのCDを買ってきたという話をしました。

今時、CDを買うのは珍しいと、
思ったけれど、言いませんでした。

200万売れたら凄いと言われるけれど、
日本人すべてから見れば、大したことは、なく。

オタクが消費動向を左右する、
といわれるのは当たり前なのです。

別に友人はオタクではありませんが。

これからは、コアでディープな顧客が
企業の景気を左右するのです。

それ以外の消費者は、知りもしない。
知らなくても、無問題、です。

その顧客群をつかんだ企業が、
ワン・アンド・オンリーの地位をつかむ。
カテゴリー・キラー、になるのです。


もう・・・そんな事を書くつもりは、なくて、
本当は、音度差は温度差、年度差、歳の差と思った事を
書けば良かったのです。


そう言えば、最後に買ったのはGLAYの
「ハウエバー」でした。
尾崎の唄ではありませんでした。

唄いたい唄を買う。
唄える唄を買う。

でも、高音が出ませんでした。
だから、1〜2回しか、唄いませんでした。

ELMの音度が下がったのは、
それ以来だと、今は思います。

2005年11月21日

11/21のミュージック・モルダー:WE WILL ROCK YOU

keiko・lee.jpg

夕刊に、ケイコ・リーが
デビュー10周年を迎えたと
ありました。

ケイコ・リーの
「WE WILL ROCK YOU」を
聴いた時の衝撃を思い出しました。

クイーンの、フレディ・マーキュリーの
それよりも、違う意味で心を撃つのです。

癇症のフレディより静謐で澄明で、
慈母のように歌い上げるリーの
静かな説得力にのけぞりました。

「WE WILL ROCK YOU:あんたの魂を揺すってみせる」

欺すためでも、
裏切るためでも、
脅すため、でもなく、
ただ、笑う事でも、ただ、泣く事でも
魂は次の一歩を進める事ができる。

そう、信じているから、
ELMのブログは、へんてこだけれど、
基本には「WE WILL ROCK YOU」に
貫かれている。

そうは、思ってもらえませんか?

2005年11月20日

11/20のミュージック・モルダー:卒業

sotugyou.jpg


昨日のメインは、実は同窓会でした。

2時間半はあっという間に過ぎ、
有志だけでカラオケに行きました。

ELMがカラオケに行くのは、
最近は、年に1回。
つまり、この同窓会の時だけなのです。

しかもレパートリーは、
尾崎 豊で終わっています。

尾崎 豊が流行った時期は、
ELMの肉体年齢が青春だった時、
ではないので、
ELMの年代で尾崎を歌う人は、
あまりいません。

「アイ・ラブ・ユー」を恥ずかしげもなく
歌ったら、わざわざ京都から上京の友人より
「卒業」のリクエストがありました。

レパートリーにありません。
歌った事がありません。
ELMは、あと「15の夜」しか
歌った事がないのです。

でも「NOと言わないELM」です。
歌いました。

歌っている内に、この曲をリクエストした
友人の気持ちがひしひしと伝わり、
わかってきました。

わかってきたので、メロディに
合っているのかいないのかは、
わかりませんでしたが、
歌い上げてしまいました。

大学を中退した友人は、たぶん、
この曲で、その他もろもろの事も含めて、
ようやく、昨日、心が、卒業できたのです。

卒業してからの方が、
時期も合格単位もわからない
卒業試験が多いような気がします。

これまでも、これからも、
人は、たくさんの卒業を
くり返すのですね。

そういえば、
歌い上げている時に、
頭の片隅でプチッという
可愛い音がいました。

血圧が上がっているのを、
忘れていました。

危うく、
卒業してしまう、
ところでした。

(最後のネタだけ、ツクリですm(_ _)m

2005年08月11日

8/11のミュージック・モルダー:百恵辞典

3か月、朝夕聴いていた「WOMAN5−2」に
飽きたのか、どういう風の吹き加減か、
突如「百恵辞典」を借りて聴きはじめる。

時系列の曲順ではないから、しかとはわからないけれど、
山口百恵は、ある曲を境に突然上手くなる。

ちょっと調べてみよう、今度ね。

どういうわけか「夜へ」が入っているアルバムはほとんどない。
これにも。

暗すぎる、から・・・?
そんな事は、ないと思う。

背中から首筋にかけて
鳥肌が立つくらいの名曲だと思うのだが。


そうそう、男として、
ELMは三浦友和を尊敬してる。

大した男だと思う。

2005年06月28日

6月28日のミュージック・モルダー:オペレッタ狸御殿

s-o-tanuki.jpg


サントラを買うのは、

多分、生まれて初めて。

買って良かった。

映画のワンシーン、ワンシーンが

蘇るとともに、

とてつもなく幸せな気分になれる。

解説に

「オペレッタとは、オペラの華やかさと、

 演劇の面白さと、ミュージカルの楽しさを

 1つにした、いいとこ取りのエンタテインメント」

とあるけど、ホント、その通り。


「恋する炭酸水」「人は病」「私は神になりたい」

その他、

みんな、良いのだけれど、特に由紀さおりの

「びるぜん婆々のマイウェイ」は

短い楽曲なのに、映画の中ではもっと長く感じるくらい、

迫力と面白さがあった。


それはそうと、トラックバックしていただいた

「Ahaha堂本舗」さんんの「オペレッタ狸御殿」の衣装に

関するブログが面白いです。感動しました。

リンクさせていただき、是非、みなさんに読んでいただきたいと

思います。


http://mori3mori3.ameblo.jp/entry-d78f2112df9c936eeb781d44bf166bdd.html

2005年05月12日

site8:Wastin' My Time を聴きながら・・・

■気持ち悪くても・・・
ELMは玲を受けとめる。

アンドロギュノス、だから。

2005年04月26日

「Read my mind 」を聴きながら+MOVIE TRAP

キャット・ウーマンは、結局、
女性性に姿を借りつつ、
自立と自律の物語になっている。
(それでなければ、ハル・ベリーは自ら望んで出ない)

突然、本当に突然、TV映画「木枯らし紋次郎」の
芥川隆行のナレーションを思い出す。

「頼れるものはただひとつ。
 おのれの腕と腰のドス」

おいおい、それじゃ、ふたつだろう、
と昔のツッコミを思い出しつつ、
またしても、ただひとりある事の、
孤絶を思う。

自分の向いている方向が「前」なんだよ。
だから、もうすでに、あなたは前を向いている。

あとはただ、一歩を進めるだけ。
右足を一歩。
続いて左足を一歩。
忘れずに次の右足を一歩。
そして、もう一度左足を一歩。

「右足」「左足」と一歩ずつ内心で声を出しながら。
この、わたしが、かつて、そうであったように・・・。

目的地は、到着地点は、歩き方が決めてくれる。

人生はらせん階段のよう。
直径が大きいほど、まわりの景色はなかなか変わらない。

ただ犀の角のごとく、
一歩ずつのステップを刻む。
気が付けば、雲の上に出ている。

知ってるかい?

雲の上では、雨が降らないんだ。
霙も、頬を、打たない。

2005年04月07日

NO MORE DRAMA

maryJ.jpg

From8:ミュージック・モルダー

駅を背に、海に向かって3分、240m、
左に曲がって20秒、約25m。
三叉路を右に折れて30秒、40m。

道が明るい。
夜空に右手の家の桜の古木が浮かぶ。

この辺りでは、クリスマスに家をイルミネーションで
デコレイトする家庭が、ELMの家を含めて多いのだけれど、
庭の桜をライトアップしたのはここがはじめて。
今年がはじめて。

朝には、気温が急に上がったせいか、
ハラハラと幾片かが舞いはじめていた。

ヘッドフォンからは、メアリー・J・ブライジの
NO MORE DRAMAが流れている。

こんな、ささやかだけれど
ささやかだから大きく嬉しいドラマなら、
毎日でも良いと思って、しばらく立ち止まり
ぼ〜と見てから、帰宅の足を速めた。





×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。