2007年05月04日

07.05.04のえせ・エッセイ:昨日は憲法記念日

dirty-harry.jpg


基本的には、政治と宗教と野球の話は、
しないようにしています。

清順師の教えです。
仲違いする確率が高いからです。
もっと言えば、喧嘩する確率です。

「けんかえれじい」の監督とは
思えない発言ですが、
けんか=えれじい、という発想が
先の大戦で生き残った師の
心の奥の方にあるのかも知れません。

さて、sakurakoさんがオファーした
憲法見直しの話ですが、
新聞には「憲法改正」と書いてあります。

おいおい、ELMのブログではないのだから、
勝手に「改正」なんて書くなよな、
と思いますが、それはともかく
「ダーティ・ハリー」を観て、
もちろん第1作ですが、
映画の中で「憲法修正何条」という
セリフがあります。

その時、あっ、修正して良いんだ、
と思いました。

憲法も法律も所詮は言葉です。
だから判決は、ころころ「変えられ」ます。

言葉は十全に意味を伝えないのです。
言霊なんて、嘘です。

もっと言えば、
言葉に魂を込められる人と
込められない人がいるのです。

話を戻して、改正でも改悪でもなく、
より実用的に、言葉が通じるようにするために
修正する必要があるのなら修正すれば良いのです。

二元論で済むように、世の中を考える人は、
幸せな人だ思います。

明治政府の日露戦争を金銭面で支えたのは、
ユダヤ資本という話があります。

日本国憲法の作成を理論面で支えたのは、
アメリカ系ユダヤ人という話が、あります。

説、では、ありません。

事程左様に、真実の掘り起こしは面倒で、
為にする意見かどうか、発言するご本人さえ
意識していない場合が多いのです。


ELMは今日、ようやく
「最悪の戦場に奇蹟はなかった」を
買いました。

人を殺した人の真実がある本です。
ようやく買いました。

昭和史探訪を、ようやく
虫の眼で観る勇気ができたのです。

鳥の眼、虫の眼、魚の眼で、
時代を観極めていきます。

まだ、間に合うと直観するからです。
posted by ELM at 21:32 | ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月26日

07.04.26のえせ・エッセイ:水に似た感性

gadara.jpg


らも、の「水に似た感情」を読んでいたら、
ある女性の事を思い出しました。

ELMより、たぶん10個くらい上で、
今の仕事に専従する前、
週に3日程、本社の8F会議室で、
ひとり、調べ物や資料作りをしていると、
3時には必ずコーヒーを持ってきてくれた、
女性です。

お酒が好き、という噂が、ありました。
アル中、と言う人もいました。


らも、の「ガダラの豚」を読み終わって、
隣の書庫に置いたら、めざとく見つけて
誰が置いたの、と訊いて、
ELMだと言ったら、妙に納得した様子が
印象に残っています。

その後、彼女は退社し、
8Fもやがてレイアウトを変え、
システム管理課が大きなスペースを
占めるようになりましたが、
規模は小さくなったものの、
食堂は残りました。

ELMは、その食堂のいつも
同じ場所に座って昼食をとります。

その席に、誰か他の人が座っていると、
妙に不機嫌になるのに、気づきました。

理由は昨日まで、わからなかった、のですが
らも、の「水に似た感情」を読み終わって、
気づきました。

その場所は、あの時、
ELMが座り、彼女がコーヒーカップを置いた、
その同じ場所、だった、のです。

posted by ELM at 20:53 | 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月02日

07.02.02のえせ・エッセイ:自虐史観・自罰史観・自裁史観・自尊史観

昭和史を鳥の眼、虫の眼、魚の眼で
調べている内に、思い出した事が。


中学2年の時です。

国語の女性教師が、
家で購読している新聞の朝刊を、
昨日のだったか、明日のだったかは
忘れましたが、それぞれ持ってくるように
言ったのです。

その日、みんなで持ち寄った新聞の
共通の記事を読み合わせた記憶が、
あります。

同じ事件、事故なのに、
新聞によって微妙に違ったり、
大きく違ったりした事を、
思い出しました。

S.Nと言う名前のその先生が、
何か教訓や党派的な発言をした、
記憶はありません。

ただ、事実をして知らしめる、
そんな気概を今は感じます。


ELMが心掛けている事は、
実は「明晰」(仕事中ですよ)ですが、
自虐史観、自罰史観の本やアンチの本を
読んでいると、誤れる事には謝って自裁し、
そうでない事には真っ当に自尊して毅然とする
人生を、社会を、国家を考えました。

お前は、お前の国はバカだ、バカだ。
お前は、お前の国はアホだ、アホだ。

そういう教科書を、資料を
無条件に何の検証もせずに、
子供に読ませては、いけない。

なかった事をあった事のように
謝ってもいけない。

下品(げぼん)だ。

土下座外交、謝罪外交は、失礼だ。
相手国民にも自国民にも。
posted by ELM at 21:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月13日

06.9/13のえせエッセイ:シンクロニシティ2

七滝温泉の予約した旅館前に着いたものの、
チェックインには早かったので、
小腹を満たしておこうと近くの
レストランに入りました。

奥に、フロアに置かれ壁にもたれた柱時計があり、
長針は2時を、短針は22分を指していました。

腕時計のデジタルも2:22を表示しています。



注文が届き、温石を懐石したような気分になって、
ふと先程の柱時計をみると、時針も秒針も
動いていません。

テーブルをいくつか越えて近づくと、
貼り紙がしてありました。

「この時計は、長年時を刻んで疲れているので、
 暫く休ませておこうと思います」

だから、どうしたという話ですが、
これ以前もこれ以降もデジタル時計を
24時間表示にする事は、ありません。

ふと時計を見た時、ぞろ目になっている確率が、
倍以上になるからです。

人生を博奕と思っているのに、
無駄に博才を消費したくありません。

八勝七敗に持ち込むのは、
阿佐田哲也でさえ、難儀だったのですから。

posted by ELM at 20:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.9/13のえせエッセイ:シンクロニシティ

g.jpg

デジタル表示の腕時計を使いはじめて、
もう何年になるだろう?

アナログ時計では、
気づかなかった事が、ある。

ふと、文字盤を見ると
ぞろ目の時が多い、のだ。

2:22とか、
4:44とか。

ただぞろ目が多いだけではないと気づいたのは、
母と伊豆の河津七滝温泉に行った時だった。

続きは今夜。
posted by ELM at 05:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月28日

06.7/28のえせエッセイ:情報浸透力

ネットの森には、案外キチンとした情報が少ない。
そもそも、欲しい情報にたどりつくのも、
難しい場合がある。

検索能力の違いは、個人差があると思う。
知り合いは、物理、理科関係の探索能力が
優れている。

同じ問題を調査しても、結果が違う。
検索語の選び方に、文系のELMとは素養の
違いが出るのだと思う。

しかし、情報収集力の違いがあり、
集めた情報を解析する力にも差があり、
それを編集してわかりやすく
伝達する力にも差が出てくる。

そして、最後に新たに構築した情報を
浸透させる力にも差が出てくる。

それが影響力だと思う。

まあ、仕事とは関係ないブログだから、
書き飛ばしてもいられるが、
そう考えるとわかりやすく面白く、
為になる細工を施すのは、いくつもの関門を
くぐり抜ける修練が必要なんだと、
改めて思うね。
posted by ELM at 20:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

06.7/14のえせ・エッセイ:明日美

ブログを書いていたら、
TVから「自閉症」という言葉が
聞こえてきました。

眼を移したら、
自閉症の我が子を柱に
した映画を撮るため、
父親がシナリオを書いています。

そのシナリオが画面に出ます。
明日美(あすみ)という名前が見えます。

明日美があるなら、昨日美(きのみ)と
いう名前があっても良いし、
今日美(きょうみ)という名前があっても
良いと思いました。

それだけです。

明日は美しいなんて、
哀しすぎる。

posted by ELM at 05:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

06.7/12のえせ・エッセイ:他閉症

会った事はないけれど、友人の弟さんは自閉症で、
彼女の話から自閉症が精神疾患でない事は、知っている。
自分でも調べた。

しかし、今、世に溢れつつあるのは、
他閉症の人々だと思う。

他人を受け入れない人々。

駅の上り階段を下ってくる人々は、
日増しに増えてくる。
確信犯的に増えている。

電車の中で、得意先に何通もの
メールを送るバカ。

そのキーボードのタイプ音が、
どれほど眠気を阻害するか、
わかっていない。

駅に到着して降りる乗客がいても、
身体を譲らない、ホームにガンとして
降りようとしない人々。

そういえば昔は「降ります」の声が
聞こえたが、それも絶えて久しい。

ELMだけが、言っている。
聞いている人は、いない。
足を出す奴までいる。

「良い戦争、悪い平和があったためしは、ない」と
言ったのは誰だったか?

まさか「悪い平和」があったとは・・・。
「他閉症の時代」
posted by ELM at 05:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月29日

06.6/29のえせ・エッセイ:M:i:3の人工呼吸

珍しく、ネットサーフィンしていたら、
「M:i:3」のラストに文句を付けているサイトがあった。

でも、あれって、恋愛心理サスペンスの一面もあるから、
派手なアクションで終わるより、死んじゃう、死んじゃう、
どうしよう、てな展開は、無理がないと言うより、
後講釈かも知れないけど、逆にサスペンスフル。


胸をドンドン叩く場面はともかく、
人工呼吸をキチンと描いた映画は、
今まで皆無だが、それでも胸を15回圧迫するのを
描いた映画は初めて、では。


ちゃんと15、カウントする。
消防局で習った通り、です。


ただ、あごを上げ気道を確保する映画は、
今まで観た事が、ない。この映画にも、ない。

リアリズムとアクチュアリティ、
そしてエンターティンメントは、
矛盾しないと思うのだが・・・。
posted by ELM at 20:42 | Comment(0) | TrackBack(1) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月13日

06.6/13のえせ・エッセイ:乗換駅の悲劇

w杯ネタも、古本屋にトマト箱4個分、
文庫本を売ったその顛末も
ネタとしてはあるのですが、
今日は「乗換駅の悲劇」です。

あれっ、筒井康隆の小説に似たような
タイトルの小説があったような気がします。


乗換駅の階段を昇っていたら、
跨線橋を左から二人の二十歳くらいの
女の子が二人、並んで歩いてきます。

角度的に、奥の方の女の子に
下から上に目線が行きましたが、
顔の全体像までは把握しませんでした。

知らない人とはなるべく眼を合わせない。
それがELMの習性ですから。

乗換専用跨線橋を右に折れました。
二歩ほど歩いた時に、音がしました。

バキッ、とも、ガシッ、とも
ガキッ、とも聞こえる音です。

あまりの音の大きさと重さに
振り向いたら、奥を歩いていた
女の子の左の額が、中央の鉄柱に
食い込んでいます。

石田衣良では、ありませんが、
あれは「骨音」です。

隣の女の子が笑って言っています。
「前向いて歩いていないの」

目的のホームへの階段を降りて、
そっと振り返りました。

あと10分したら、お岩さんのようになるのが、
予測できました。

ごめん、とつぶやきました。
彼女は、ELMの眼を見たのです。

06.6/13の「えせ・エッセイ」でした。
posted by ELM at 20:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

06.6/7のえせ・エッセイ:子供顔の大人

いくつを過ぎたら、
男は自分の顔に責任を
持つのだったか?

今は、思い出せない。

ファンドのMも、
経済のTも、知事のIも、
いい歳をして、どうしてあんなに
子供顔なのだろう。

いや、子供顔が悪いのではない。

年齢に相応しい成熟のない顔が、
何とも下品(げぼん)で、
耐えられない。

何よりも、笑顔が醜い。

自分をさしおいて言うのだが、
変な知恵ばかりついて、
他者を顧みない子供は醜い。
始末が悪い。

他者を気にしているというポーズと
傲岸(思い上がり)の乖離(隔たり)に
気付いていないのだ。

疲れる。
posted by ELM at 21:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月01日

06.6/1のえせ・エッセイ:時折温泉

駅の階段を降りていたら
「時折温泉」のポスターが
壁に貼ってあった。

新発売の入浴剤の宣伝と
思いつつ、でも変ねと三歩戻り
「肘折温泉」と気付く。

独壇場と独擅場を間違えるのならともかく、
こんなに自覚、違う! 字画が少ないのに
間違えるなんて、明日、眼鏡屋に行こう。


hijiori.jpg
posted by ELM at 20:48 | Comment(0) | TrackBack(1) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月25日

06.5.25のえせ・エッセイ:レントゲンと反射神経

rentogen.jpg

明日は、健康診断の日です。
バリウムを飲んで、レントゲン撮影があります。

バリウムが嫌い、と言うより、
発泡剤が嫌いでレントゲン台の上で
技師の指示通りに動くのが上手くいかなくて、
嫌いな人も多いようですが、ELMは結構好きな方です。

右へ回ってとか、左へ回ってとか、
そこでストップと言う指示、と言うか命令に
ピタッと決めるのが、毎年のELMの目標です。

自分の反射神経を確かめているのです。


若い頃、自動車教習所の路上教習で、
割り込みして来たトラックに、
ブレーキを踏まなかったら、
教官が前屈するほどブレーキペダルを
踏み込んだ事があります。

戻って教官室で
「危なくぶつかるところだったぞ」と言います。

「紙一重で、ぶつからない、と思いました」

ELMは、若い頃からバカです。
それまで静かに話していた教官が激怒しました。

教室二部屋ほどの教官室に
響き渡る声でした。

「そりゃあ、君は反射神経が良いが、
 俺はぶつかると思った。
 俺がぶつかると思ったら、ぶつかるんだ」


(あっ、俺って反射神経が良いんだ)

それまで、反射神経が良いと思っていなかった
ELMは、そう思って、あとの叱責は聞いていませんでした。

それはともかく、教習車にぶつけたら、罰が重いのです。
ぶつけられたら、教習所、教官の評価が下がるのです。


小心大胆な性格、なのでしょうか?

今から12時間、絶食です。
守るわけが、ありません。
posted by ELM at 21:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月14日

06.5/14のえせ・エッセイ:本の山

s-s-books-mt..jpg

ふと、今まで読んだ本を取っておいたら、
家一軒分くらいでは納まらないだろうな、
と思った。

今でさえ、本は山になっていて、
部屋の出入りにさえ、邪魔になる事が、ある。

買わなければ、今ごろ、
隠れ家的なワンルームマンションくらいは、
買えたかも、とも思う。

それに、費やした煙草代、酒代も
加えれば・・・なんて事を書くつもりは、
なかったのだ。


二十歳まで、ELMは本を買うのに、
お金を払った事はなかった。

別に万引きをしていたわけでは、ない。

駅前の本屋に行き、父が勤めていた会社の名前と
自分の名前を言えば、ツケで買えたのだ。

そして、月に一度、総額を支払いに行く。

その本屋には、絵に描いたような
凸と凹の女性店員がいた。

凸の店員さんから本を買うと、
記帳忘れがあるのに気付いたのは、
何歳の時だったろうか。

それが意図なのか天然なのかはわからないが、
それ以来、本を買う時は、その人がレジにいる時になった。

二十歳の時、父の転勤で住まいを移したので、
ツケで本を買う事はなくなったが、
今でも、その女性店員さんの顔を思い出す。

美しく、温和しやかな、人だった。

もう何年も前に、その街を再訪した時、
その本屋に入ろうとして入れなかった。


必然なのか偶然なのかわからないが、
いろいろな神々に守られ、
ELMは大きくなったのだ、と思う。

今日、古本の山を近所の個人古書店に持っていく。




posted by ELM at 06:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

06.5/11のえせ・エッセイ:ガメラの血

gamera.jpg

最近知ったのですが、
ELMはかって「ガメラ」と言う
仇名で呼ばれていたようです。

万引き常習者のようですが、
そうではないようです。

当たり前です。
そんな事は、一度もしていません。


ガメラは血が緑なのだそうです。
だからELMは「ガメラ」なのだそうです。

意味がよくわかりません。
いまだかって、緑の血を流した事は
一度もありません。

何を根拠に、
そんな仇名が付いたのでしょう。
謎です。

人にこの事を話すと
「なるほど」と言う顔をします。

ますます、訳がわかりません。

昔から、よくわかりません、
人間の考える事は・・・。

posted by ELM at 05:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月07日

3/7のえせ・エッセイ:エゴグラム

必要があって、交流分析のエゴグラムをやってみた。
エゴグラムは、自分の中の五つの心を分析する。

CP(Critical Parent: 批判的な親)

NP(Nurturing Parent: 擁護的な親)

A(Adult: 大人)

FC(Free Child: 自由奔放な子ども)

AC(Adapeted Child: 順応したこども)

その時々の心の状態によって、各傾向の%は
変化するのだけれど、ELMの場合、
いつもA(Adult: 大人)の%が低く、
グラフがほぼV字になる。

「長短同根」と言って、プラスに出る場合、
マイナスに出る場合があるから、あまり気にしていない。

プラスに出る時は、自由奔放。
マイナスに出る時は、子供じみてる、かな。

このブログにも、その傾向がランダムに出現するので、
読者の方は、驚いたり? 呆れたり? しているのではないか、
と朝早くから愚考しているのでした。

計11回のセミナー、今日は9回目です。
この人の仕事は、一体、何なのでしょうか?

posted by ELM at 04:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月21日

1/21のえせ・エッセイ:ジャネーの法則

12/29のえせ・エッセイで「1年が早く感じる理由」を
書いたら「トリビアの泉」で放映
(もちろん当ブログとは無関係)されたらしく、
それが「ジャネーの法則」だと、少し若い友人の
少し若い友人が教えてくれました。

彼は、このブログの事を知りません。
友人・知人で、知っている人は、
ほとんどいないはずです。

それでも、ELMが興味ありそうだと、
わざわざ、ネットで調べ直して、教えてくれました。

ありがたい事です。

ELM的には「じゃあね!の法則」です。
去る者は時に疎し。

じゃあね!・・・。
posted by ELM at 21:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月08日

1/8のえせ・エッセイ:淀川長治2・ELMの好きなおじいちゃん

yodokawa2.jpg

BOOK ONとクロスオーバー、
するのだけれど・・・。

橋本治「ああでもなく こうでもなく」

なぜ、今までの「知のあり方」が揺らがなければならなかったのか?
それは、「知のあり方」がちっとも楽しくなかったからだ。

「楽しむ」の一言を結実させるためには、どれほどの教養が必要か
 ―それを語るのが淀川さんだと思う。


と言うわけで、楽しく教養を語る。
または、教養を楽しく広める。

ELMが淀川さんを好きなのは、だから、だね。
そういうおじいちゃんに、なりたいのだ。

「可愛いおじいちゃん、おばあちゃんに、なろう」

これ、プ***ズの言葉ね。


posted by ELM at 07:39 | Comment(0) | TrackBack(1) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月07日

1/7のえせ・エッセイ:淀川長治・ELMの好きなおじいちゃん

yodokawa.jpg

渾身のレポートを書いて、
心身共にヘロヘロで、
しかも違う事を書こうと思っていたのに、
またしても、お口先、お筆先。予定は変わる。

おばあちゃんも嫌いではないが、
ELMが男だからか、小さい頃から
可愛いおじいちゃんが好きだった。
憧れた。

淀川さんは「映画の友」を送ってくれた。
たぶん、無料進呈だから応募しただけなのだけど、
届いた時の感激は、覚えている。
玄関口で読み始めて、時を忘れた記憶がある。

そして、次の号くらいで廃刊になった。

それ以降、TVでも良く見たけれど、
ご本人に逢ったのは電車の中だった。

もういいお歳で、有名人なのに
電車に乗っているのが
不思議だった。

付き添いに若い女性が一緒で、鶴見の駅で降りた。
なぜかラジオ局のアナウンサーと思った。

もちろん、綺麗な女性でしたが、淀川さんには
テレビよりラジオのイメージがあったと、今は思う。
だからラジオの人と思ったのだ。

本質的に語り部、だから。
有名になったのはテレビ、なのに。


橋本治の本を読んでいたら、
結構、見えないエーキョーを受けている、と思った。

つづきは、たぶん、明日。

つま先から、力が抜けて行きます。


posted by ELM at 21:29 | Comment(0) | TrackBack(1) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月29日

12/29のえせ・エッセイ:1年が短い理由

歳を取る毎に、
1年を短く感じますね。
なぜ、でしょうか?

10歳の少年にとって、
1年は10分の1ですが、
30歳の青年にとっては、
30分の1です。

50歳の中年にとっては、
50分の1です。

歳を取るほど1年が短いのは、
短く感じるのは、そのせいだと言うのです。

合っているような、いかさまくさいような説ですが、
今のところ、これを超える説を、知りません。


もう少し、テーマを絞ったブログにした方が良いと、
内心の声は言うのですが、ダメです。


総合「雑」誌、と言う、シバリ、が
掛かっているようです。

「バラエティが好き、カテゴリーは嫌い」

誰の言葉でしたか、忘れましたが、
誰が教えてくれたかは、覚えています。

文春の講演会、五木寛之、です。

バラエティ、ごった煮、闇鍋です。

来年もお付き合い、ください。

あっ「話の特集」「面白半分」「噂の真相」のエーキョーが、
あると、今、気が付きました。
posted by ELM at 20:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | site6:えせ・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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