2007年08月09日

07.08.09のBOOK ON:日本国民に告ぐ

何を読もうかとためらい、
これは読んでなかったはずと
手にとってしばらく。

あれっと思い、読書録を確認したら、
1月に読んでいましたね。

ソビエトの日本に対する32年コミンテルンの呪縛やら、
アメリカの日本に対する占領政策の桎梏やら、
覚えていました。

小室直樹は、ELMが信頼するひとりです。
再読するのも何かの予兆、啓示と思い
カバンに入れました。

今回は、違うところに惹かれます。

丁度、上司から指示されて2ヵ月ほっといて、
と言うか、前回は工具を作っていたのに、
今回はある道具を作りながら考えていた事の
「解」のヒントがありました。


「店長の聖書」を作れ、と言うのが
上司の指示でした。

もちろん「店長の聖書」と言うのは、
この場限りのデタラメで、本当は違う
タイトル、です。


フェテシズムというのは、
手段と目的の倒錯で、先の大戦で
ある議員が軍部に「この戦争の目的は何だ?」
と聞いたところ、回答は「目的はない」でした。


伝統主義とは、過去に正しかった事は
今も正しい、という信仰に過ぎません。

文中、信仰という言葉は使っていません。


どうも最近、まとまりの悪いブログだと
感じていましたが、今、訳がわかりました。

隣人AとBに話し、さらに社内で通じるように
するための試行錯誤、思考索語の時間だったのです。


わかりやすい?紹介をします。

明治期の法律も教育も、
国民のためのものではありませんでした。

不平等条約を解消し、独立国として西欧に
対峙するには、欧米列強が認めるような
独立国、資本主義国家に成長する必要が
ありました。

そのための明治憲法、義務教育、
富国強兵だったのです。


変な話。
司馬遼太郎は情緒的過ぎる、
と思ってしまいました。
posted by ELM at 21:24 | ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | site2:BOOK ON | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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