2007年06月18日

07.06.18のMOVIE TRAP:武士の一分

この映画は、何を描きたいのか?

どんな形であれ、映画にはカタルシスが必要だ。

静かであっても構わない、
乱暴であっても構わない、
だるくても構わない。

起承転結がなくても、構わない。
でも、ちょっと、酷すぎる。


不治の失明を告げる時、
置いた手持ち行灯?がシーンの最後には、
置いた場所が変わっている。


禄を保証される場面で
「お裁き」と言う。

違うでしょう。
出たのは「お裁き」ではなく、
「お沙汰」でしょう。


木村拓哉の剣の強さはわからず、
板東三津五郎の汚い剣の強さも
わからず。

だから、対決が盛り上がらない。

緒方拳は、なぜ標準語を
話しているのか。
キムタクとどういう関係なのか。

第一、殿を待つ間、
蚊を叩いて待つ武士が、
何処にいる。

我慢に我慢を重ねて、
武士の一分を通す事の
激しさが何処にも、ない。


盲目の剣士の修練の刻苦もなく、
決闘場面の激烈さもなく、
この映画の何処に共感すれば、
良いのか。

身寄りのない妻は、
何処に身を寄せていたのか。


真田広之でやめておけば良かったのだ。
むしろ、真田広之三部作こそ、
観たかった。

彼なら、何とか、形にしてくれた、はず。
posted by ELM at 20:58 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | site1:MOVIE TRAP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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