2007年04月25日

07.04.25のBOOK ON:水に似た感情

water-feeling.jpg


中島らもは好きで、
よく読んでいるのに、
この作品の事を知らなかった。

この人は、長生きしないだろうな、と
期待するような、確信を抱かせるような、
人だった。

三島由紀夫も長生きしないと思っていたが、
実は、その死に衝撃を受けなかった。

世間の衝撃に、マスコミのあおりを感じた。
三島は、実は死ぬのを待たれていた、人。

中島らもは、少なくとも、
生きのびて、みっともなく生き続けて欲しかった、人。

この小説の不思議さは、
らもの生き方同様、虚実皮膜の薄い強固さ。

薄いから強固、というアンビバレンツ。


「たぶん今日もいろいろなアクシデントがあるだろう。
 しかし、ディレクターには“うろたえる権利”と
 いうものがない」

こんな帝王学を開示する、なんて、らも、らしく、ない。

しかし、次の文章でさらに、らも、の生真面目さが、わかる。

「長い間、モンクはオカルトを遠ざけていた。
 その水際まで行っても、オカルトの海の中に
 入る事は避けた。なぜならそれは底なしの海だからだ」

幾多の幻覚剤に手を出した、らも、の
この真摯な直観を、ELMは信じる。


カポーティの「オカルト」を、
買ったのにELMが読まなかったのは、
そのプロローグの最初の数行に、
それが真であり、それが宿痾になる人生が
ある事を、魂で直観したから。


「水に似た感情」を、
 さらさらと流れるような人生を、
 らも、は欲しかったのだろうな。

ELMのように。


posted by ELM at 21:14 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | site2:BOOK ON | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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